山で遭難したら、まず「お前が落ち着け」

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はじめに – 遭難のリスクを甘く見ない

登山は自然の中で心身をリフレッシュできる素晴らしいアクティビティです。しかし同時に、一歩間違えれば命に関わる危険と隣り合わせでもあります。特に経験の浅い登山者や単独行者、高齢者にとって、遭難のリスクは決して小さくありません。

国内の山岳遭難事故の多くは「道迷い」と「転落・滑落」によるものです。2023年の統計では、日帰り登山での遭難が全体の約70%を占めており、決して他人事ではありません。むしろ、気軽に行ける日帰り登山こそ、十分な準備をせずに出発してしまい、思わぬトラブルに見舞われるケースが少なくないのです。

本記事では、万が一遭難してしまった際に取るべき適切な行動について、詳しく解説していきます。正しい知識を身につけ、冷静な判断力を養うことで、あなたの命を守ることができるでしょう。

遭難時の基本原則 – 焦らず冷静に

遭難した際にまず大切なのは、焦らず冷静になることです。パニックに陥ると正常な判断ができなくなり、さらに危険な状況に陥る可能性があります。深呼吸をして落ち着き、現在の状況を客観的に分析しましょう。

以下の3つのステップを意識してください:

1. その場で立ち止まる
2. 行動食を食べ、水分を補給する
3. 周囲の状況をよく観察する

この段階で重要なのは、むやみに動き回らないことです。慌てて動き回ると、体力を消耗するだけでなく、さらに道に迷う可能性が高くなります。

現在地の確認と正しいルートへの復帰

落ち着いたら、まずは現在地の確認を試みましょう。地図とコンパス、GPSアプリなどのナビゲーションツールを最大限に活用します。最後に現在地を確認した地点と、そこからの移動方向・時間を考慮して、おおよその現在位置を推測します。

この作業を通じて、「もしかしたらここで間違えたのかもしれない」と気づくことがあります。例えば、正しいコースは山腹を巻いているのに、知らず知らずのうちに尾根上に上がってしまっていた、というケースはよくあります。

現在地が特定できたら、最後に確認した地点まで引き返すことを考えましょう。「もうちょっと先まで行ってみよう」「迷ったというのは自分の思い過ごしかもしれない」など、都合よく考えて先に進むのは危険です。少しでも「おかしいな」と感じたら、その場から引き返すのが賢明です。

引き返す際は、周囲の風景に十分注意を払いましょう。特に以下のような場所では、来た道がわからなくなりやすいので要注意です:

– 尾根や沢の分岐点
– 雪渓上
– 落ち葉が積もって踏み跡がはっきりしない箇所
– 岩がゴロゴロしているガレ場

慎重に来た道を辿れば、必ず間違えた地点が見つかるはずです。そこから正しいルートに戻りましょう。

遭難時の大原則 – 「登る」ことの重要性

遭難した際の行動として、絶対に避けるべきなのが「沢を下る」ことです。樹林帯に比べて沢は歩きやすく、下へ向かっているため「このまま山麓まで下っていけるのではないか」と錯覤しがちです。しかし、下っていくうちに崖や滝、堰堤に行き詰まり、進退窮まる可能性が高いのです。そこから無理に下ろうとして転落事故につながるケースが後を絶ちません。

では、遭難時に取るべき正しい行動とは何か。それは「登る」ことです。体力的にも精神的にも余裕がない状態で上へ向かうのは大変おっくうに感じられますが、それでも登っていくべきなのです。その理由は主に3つあります:

1. ピークや尾根に上がれば視界が開け、地図とコンパスでの現在地確認が容易になる
2. 登山道はピークや尾根を通っていることが多い
3. 高度を上げることで、携帯電話の電波が届きやすくなる

「山で遭難したら登れ」という言葉は、まさにこのような理由から生まれた登山者の間での鉄則なのです。

ただし、ガスや悪天候などで視界が悪いときは、目印になるものが見つけられず現在地を確認するのが難しくなります。そんな中を躍起になって動き回っても、ただ体力を消耗するだけです。視界が悪いときには無理して行動せず、風雨を避けられる場所で体力を温存しながらじっと待機するのが得策です。

ビバーク(緊急露営)の判断と準備

状況が改善せず、どうしても正しいルートに出られない場合は、日が暮れる前に安全な場所を探してビバーク(緊急露営)の準備にとりかかりましょう。ビバークの態勢に入ったら、翌日に備えてなるべく体力を消耗しないよう努めます。また、現状をどう解決したらいいか、パーティのメンバーとよく相談しておくことも大切です。

この時点での選択肢は大きく分けて2つです:

1. 自力で下山を試みる
2. 救助を待つ

山登りは「自力下山」が大原則ですが、無理やり下山を強行しようとして命を落としては元も子もありません。天候や周囲の地形、道迷いから脱出できる見込み、メンバーの体力などをよく考えたうえで判断を下しましょう。

救助を待つ場合は、捜索のヘリコプターに発見されやすいよう、できるだけ開けた場所を探し出し、その周辺で待機します。場合によっては発見されるまで数日を要するかもしれませんが、ひたすら耐えるしかありません。携帯電話や無線での救助要請は当然試みるべきであり、運よくレスキュー関係者に連絡が取れたら、自分たちの状況を説明したうえで関係者の指示に従いましょう。

ビバーク時の体温管理 – 低体温症に要注意

ビバークを余儀なくされた場合、最も警戒すべきは低体温症です。遭難者の死亡例で多いのがこの低体温症によるものです。体力を消耗している状態であれば、なおさら危険性は高まります。

多くの人が「暑い夏には低体温症にならない」と考えがちですが、それは大きな間違いです。夏山でも、気温が10℃を下回ることは珍しくありません。また、雨で濡れて体温が低下する可能性も十分にあるのです。

体を温める際は、特に「心臓」「頭部」「首」の保温を意識しましょう。特に頭部からは50%~80%の放熱があるといわれているので、優先して温めるようにします。寒いと感じたら服を着込む、ウェアが濡れていたら着替えるなど、小さなことでも体温管理に気を配ることが大切です。

ビバーク時に体温を維持するための装備として、エマージェンシーシートは非常に有効です。このシートは、緊急時に体温の低下を防ぐために使用します。気温の低い夜間や、行動せず留まるときにエマージェンシーシートで体を包み、体温を維持します。

また、ツェルトと呼ばれる簡易テントも、ビバークには欠かせないアイテムです。頭から被るだけでも体温管理が可能で、遭難時には体温を下げないことが生死を分けることもあります。

救助要請の方法と注意点

自力での脱出が難しいと判断した場合は、携帯電話や無線機を使って救助要請をしましょう。ただし、山岳地帯では電波の届く場所と届かない場所が複雑に入り組んでいるため、以下の点に注意が必要です:

1. 携帯電話がつながる場所を見つけたら、その場から動かない
2. 交信は救助のためだけに限定し、バッテリーの消耗を防ぐ
3. GPS機能があれば、現在地の緯度経度を連絡する

電話がつながる場合は、以下の手順で救助要請をしましょう:

1. まずは警察や消防に連絡する(道迷いなら警察、怪我や病気なら消防が適切)
2. 最初に「山岳遭難です」と伝える
3. 自分の状況(位置、体調、同行者の有無など)を簡潔に説明する
4. 救助隊の指示に従う

電話がつながらない場合は、周りに登山者がいれば救助要請の伝言をお願いしましょう。その際、後日のお礼のために相手の「名前」「連絡先」を聞いておくとよいでしょう。

なお、遭難時の単独行動は二次災害を招く可能性があるので、できるだけ避けてください。

ヘリコプター救助時の注意点

救助要請が成功し、ヘリコプターが来た場合は以下の点に注意しましょう:

1. 尾根や上空が見通せる広い場所に出る
2. 目立つ色のタオルや上着を大きく振るなどして、自分の位置を知らせる
3. ヘリの色を確認する(警察ヘリは青い機体、防災ヘリは赤白の機体に青と緑のラインが入っている)

ヘリコプターのローター音が聞こえてきたら、上記の行動を取ることで、救助隊からの発見確率が高まります。

遭難を防ぐための事前準備

ここまで、遭難時の行動について詳しく解説してきました。しかし、最も重要なのは遭難を未然に防ぐための事前準備です。以下のポイントを押さえて、安全な登山を心がけましょう。

1. 綿密な登山計画を立てる

道迷いによる遭難を防ぐ第一歩は、登山計画を立てることです。登山計画を立てる際に必要な情報は以下の通りです:

– 利用する登山コース
– 登頂・下山にかかる予想時間
– 登山コースの情報(分岐や難所の有無など)
– 登山口までのアクセス
– 必要な登山装備

登山計画を立てることで、無理のない山行行程を組むことができます。さらに、登山コースの注意点を事前に調べておけば、対処法も考えられます。

登山コースについては、ガイドブックやSNS(YAMAPやヤマレコなど)を併用するのがおすすめです。ガイドブックで大まかな情報を、SNSでは登山道の最新情報を調べるといいでしょう。ただし、SNSには誤った情報や偏った情報もあるので、注意が必要です。

2. エスケープルートを確認する

登山では、悪天候に見舞われたり、転倒でケガをしてしまったりと、思わぬアクシデントが起こる可能性が少なからずあります。そんなアクシデントに備えるために、緊急に下山できる「エスケープルート」を確認しておくとよいでしょう。

3. 天気予報を入念に確認する

山の天気は変わりやすく、登山中に大雨や暴風など、突然過酷な環境にさらされることもあります。天気予報を入念に確認し、悪天候が予想される場合は登山を延期するなど、柔軟な対応が求められます。

4. 登山計画書の提出

登山計画書は、万が一の遭難時に救助隊が捜索範囲を絞り込むための重要な情報になります。登山計画書には以下の情報を記載しましょう:

– 登山者の氏名、年齢、住所、緊急連絡先
– 登山日程(入山日、下山予定日)
– 登山ルート(登山口、経由地、宿泊地、下山口)
– 携行する装備(特に通信機器)
– 参加者の経験や体力レベル

登山計画書は警察署や登山口の管理事務所に提出するほか、家族や友人にも共有しておくことが大切です。「おかしいな、予定ではもう下山しているはずなのにまだ連絡がない」と、最初に気付いて警察に通報するのは家族(もしくは緊急連絡先に設定した方)なのです。

5. 適切な装備の準備

遭難時に命を守るための装備を必ず携行しましょう。以下は特に重要な装備です:

1. レインウェア:体温を風雨から守るために必要。体が濡れるとあっという間に体温が下がるので注意。
2. ヘッドライト:夜間行動時に必要。また、明かりがあるだけでも安心できる。予備の電池も忘れずに。
3. 携帯電話(スマートフォン):緊急の連絡やGPS機能など便利な機能が搭載されている。モバイルバッテリーも必携。
4. ツェルト:ビバークには欠かせないアイテム。頭から被るだけでも体温管理が可能。
5. 三角巾:傷口の止血や捻挫、骨折時の固定など様々な使い方ができる。
6. テーピング:怪我の手当てだけでなく、テントやツェルトの補修にも使用可能。
7. エマージェンシーシート:体温の低下を防ぐために使用。
8. 予備の水:500mlくらいのペットボトルを飲料水と別に持っておく。非常時の水分補給や傷の洗浄に使用。

これらの装備は、単に持っているだけでは意味がありません。使い方を十分に理解し、いざというときに迅速に使用できるよう、日頃から練習しておくことが大切です。

6. 登山アプリの活用

スマートフォンの登山アプリは、遭難防止に大きな役割を果たします。例えば、YAMAPの「みまもり機能」は、登山中の現在地を家族や友人・YAMAPのサーバーに送信することができるサービスです。

みまもり機能をオンにしておけば、もし遭難が発生した場合にも遭難者が登山ルートのどの位置まで進んでいたのかがわかり、捜索範囲を絞ることが可能になります。いざというときの大きな手がかりとなるので、積極的に活用しましょう。

7. 山岳保険への加入

山岳保険や山岳遭難対策制度への加入も重要です。遭難捜索には莫大な費用がかかることもあるため、万が一に備えて加入しておくことで、あなたの家族の生活を守ることにもつながります。

遭難時の心構え – パニックにならないために

ここまで、遭難時の行動や事前準備について詳しく解説してきました。しかし、いざ遭難してしまうと、知識があっても冷静に行動できないことがあります。そこで重要になるのが、遭難時の心構えです。

1. 現状を受け入れる

遭難したことを認識したら、まずはその現状を受け入れることが大切です。「こんなはずじゃなかった」「なぜこんなことに」と後悔しても状況は変わりません。むしろ、そのような思考は冷静な判断を妨げる可能性があります。

現状を受け入れ、「ここからどうするか」を考えることに集中しましょう。

2. 希望を持ち続ける

遭難時は絶望的な気分になりがちですが、希望を持ち続けることが重要です。多くの遭難者が、「絶対に助かる」という強い意志を持って生還しています。

自分の能力を信じ、rescue(救助)ではなくself-rescue(自己救助)の精神で行動することが、生存率を高めます。

3. 段階的に考える

長期的な生存を考えると不安になるかもしれません。そんなときは、「とりあえず今日一日を乗り切る」「次の1時間を生き延びる」といった具合に、段階的に考えることが有効です。

小さな目標を達成していくことで、自信を取り戻し、冷静な判断力を維持することができます。

4. 想像力を働かせる

遭難時は、想像力を働かせることも大切です。例えば、「自分が救助隊だったら、どこを探すだろうか」と考えてみましょう。それによって、自分がどこにいるべきか、どのように行動すべきかのヒントが得られるかもしれません。

5. 孤独感と闘う

特に単独行者の場合、遭難時の孤独感は耐え難いものかもしれません。そんなときは、家族や友人との思い出を振り返ったり、帰ったあとにやりたいことを考えたりして、心の支えを作りましょう。

また、誰かに話しかけるような気持ちで独り言を言うのも効果的です。自分の声を聞くことで、少しでも孤独感を和らげることができます。

遭難からの教訓 – 生還者の体験談

遭難の恐ろしさと、適切な行動の重要性を理解するには、実際に遭難を経験した人の体験談が参考になります。ここでは、遭難から生還した人々の体験談をいくつか紹介します。

Aさんは、山で道を間違えて遭難しましたが、「山で遭難したら登れ」という教えを実践し、無事に生還しました。Aさんは以下のように述べています:

「山の道間違えて遭難した。まじで怖かったゾ〜、山で遭難したら登れって言われてるからとりあえず登って、なんとか正規の登山道に戻れてそこから下山できた。」

Bさんは遭難中の恐怖についても詳しく語っています:


「自分が道に迷ったと気づいた時は気が気じゃなかった。支えにしてた木が音を立てた傾いた時や、登山道の目印の赤テープだと思って近づいたらただの紅葉だった時や、リュックの側面にホールドしていたはずの水がなくなってた時、何度も絶望と死の予感に苛まれた。それでもぬかるんだ土や苔むした岩に足を滑らせながら蜘蛛の巣に顔面突っ込んで登っていって、ようやく登山道に戻れた証の、紅葉じゃない本物の赤テープを見つけた時の高揚はすごかった。自分は下山できる、死なないんだと生の実感をありありと感じた。」

この体験談から、遭難時に「登る」ことの重要性と、諦めずに行動し続けることの大切さがよくわかります。

Cさんの体験

Cさんは、低山でのルートミスを経験しました:

「オラも低山だけど登った時ルートミスって降りようとしたら、山頂の仙人みたいな爺さんに「そっちじゃない!」って叫んでもらって今生きてる」

この体験談からは、たとえ低山でも油断は禁物であること、そして他の登山者からの助言が命を救う可能性があることがわかります。困ったときは、周囲の人に積極的に助けを求めることも大切です。

Dさんは、獣道に迷い込んだ経験を持ち、「上に登る」ことの難しさについて語っています:

「自分も経験あるから、思い出して「ぶるっ」っとした…どっかのバカが目印看板の向きを変えやがって獣道に入って、それから……で、一番大変なのは「上に登る」ことなんだよ。体力切れかけの時、体を重力に逆らって移動するのが辛すぎて、下山したくなんるんだけど、下がると最悪滑落死の恐れが」

この体験談は、遭難時に「登る」ことの重要性を再認識させると同時に、その行動がいかに困難であるかを教えてくれます。体力的・精神的に追い込まれた状況でも、正しい判断を下す勇気が必要なのです。

遭難しないための心得 – 経験者からのアドバイス

これらの体験談を踏まえ、遭難を防ぐためのアドバイスをまとめてみましょう。

1. 過信は禁物

低山だから、日帰りだからと安易に考えず、どんな山行でも十分な準備をすることが大切です。経験豊富な登山者でも遭難のリスクはあるのです。

2. 単独行は特に注意

できれば複数人で登山することをおすすめしますが、単独行の場合は特に慎重に行動しましょう。計画書の提出や家族への連絡はもちろん、みまもり機能など、位置情報を共有できるサービスの利用も検討してください。

3. 天候の変化に注意

山の天気は変わりやすいものです。晴れていても急激に悪化することがあるので、常に天候の変化に注意を払いましょう。また、雨具は必ず携行し、使用できる状態にしておくことが重要です。

4. 体力の温存を意識する

遭難時に「登る」という選択肢を取れるよう、日頃から体力づくりを心がけましょう。また、登山中も常に体力の温存を意識し、ペース配分に気をつけることが大切です。

5. 正しい知識を身につける

地図の読み方、コンパスの使い方、応急処置の方法など、山での生存に必要な知識を事前に身につけておきましょう。また、定期的に講習会に参加するなどして、知識のアップデートを怠らないことも重要です。

まとめ – 安全な登山のために

本記事では、遭難時の行動から事前の準備、心構えまで幅広く解説してきました。ここで改めて、安全な登山のために必要なポイントをまとめておきましょう。

1. 綿密な計画を立てる
2. 適切な装備を準備する
3. 登山計画書を提出し、家族や友人と共有する
4. 天候の変化に注意を払う
5. 体力の温存を意識する
6. 遭難時は焦らず冷静に行動する
7. 迷ったら「登る」ことを意識する
8. 必要に応じて早めに救助を要請する
9. 常に希望を持ち続ける
10. 経験から学び、知識を更新し続ける

これらのポイントを意識し、十分な準備をすることで、安全で楽しい登山を楽しむことができるでしょう。

登山の醍醐味は自然との一体感や達成感にあります。しかし、その裏には常に危険が潜んでいることを忘れてはいけません。「自己責任」という言葉に甘んじることなく、万全の準備と心構えで山に向かいましょう。

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公開日:2024.7.28
更新日:
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